仕事

間違いだけを指摘されて消耗していたときの話|判断を保留するという結論

この記事では、
28歳までフリーターだった私が再起を誓い、
仕事を続ける中で
「間違いだけを指摘される関係」によって
心がすり減っていたとき、
どのように判断を保留していたのかを整理しています。

今、
仕事そのものよりも、
人との距離感や関わり方で
確実に消耗している感覚を抱えている人にとって、
状況を整理する材料になれば幸いです。


過去の私は、仕事より人との関係で削られていた

これまでの私は、
仕事の内容そのもので限界を感じたことは、
実はそれほど多くありません。

忙しい時期はありました。
決算の1カ月は、体力的にも神経的にもきつい。

それでも、
「仕事が大変だからもう無理だ」
と即座に思ったことはありませんでした。

一方で、
人との関わり方で心が削られていく感覚は、
はっきりと覚えています。


普段は会話しないのに、間違いだけが届く関係

今の会社で、
普段ほとんど会話をしない同僚がいます。

雑談もしない。
仕事のすり合わせもない。
相談されることも、こちらから話しかけることもない。

それなのに、
メールでは上司をCCに入れて、
間違いだけが送られてきます。

背景の説明はありません。
意図を聞かれることもない。

ただ、
「ここが違っています」
それだけが残る。


過去の私は、それが想像以上に効いていた

正直に言うと、
その関係はかなりきつかった。

間違いを指摘されること自体は、
仕事をしていれば避けられません。

でも、
普段は関わらないのに、
評価の場だけには現れる。

その構造が、
じわじわと心を削っていました。

「正直、付き合いたくない」
そう思う自分もいました。

同時に、
そんなふうに感じる自分を
どこかで責めてもいました。


すり減っていたのは、体より心

これまでの経験から、
一つだけ確かな感覚があります。

体がすり減っているだけなら、
休めば戻ります。

でも、
心がすり減った状態になると、
回復にかかる時間は体感で何倍にもなりました。

特に、
人として扱われていないと感じる関係は、
回復を大きく遅らせました。


過去の私は、その状態で判断しないと決めていた

過去の私は、
すり減っているときほど
大きな判断をしたくなる自分を自覚していました。

辞めたほうがいいのか。
距離を取るべきか。
環境を変えるべきか。

でも、
心が削れている状態で出した結論は、
振り返ると
極端になりがちでした。

だから私は、
その場で結論を出さないことを選びました。

判断を先送りしていたのではなく、
判断を保留する、という結論を選んでいました。


判断を保留するときの判断基準

判断を保留するといっても、
何もしなかったわけではありません。

当時の私は、
次の3つだけを自分に課していました。

・感情的な返信はしない
・相手を評価し直そうとしない
・「辞める/続ける」の判断は一定期間、持ち越す

これだけ決めておくと、
心が削れている期間でも、
自分を壊す判断だけは避けられました。

判断を保留するとは、
何も考えないことではありません。

自分を壊す決断だけを、先延ばしにすることでした。


これまでの私は、「決めない距離」で関係を保っていた

その同僚と、
無理に関係を良くしようとはしませんでした。

感情的に距離を詰めることも、
関係を断ち切ることもしませんでした。

仕事としては、
淡々と返す。
事実だけを整理する。
感情は通さない。

それ以上の関係は、
自分からは作らない。

それが、
再起を終わらせないために
当時の私が選んだ距離感でした。


今振り返って思うこと

今でも、
あの対応が正解だったのかは分かりません。

判断は、今も揺れます。

それでも、
一つだけ確かな実感があります。

すり減っているときに、
人間関係で大きな結論を出さなかったから、
再起を途中で終わらせずに済んだ。


再起は、結論を急がないことで続いていく

再起の途中には、
どうしても心がすり減る期間があります。

その期間に、
無理に答えを出さなくてもいい。

判断を保留にするのも、
立派な結論です。

再起は、
一度の決断で完成するものではありません。

迷いながらでも、
踏みとどまりながらでも、
終わらせなかった判断の積み重ねで続いていきます。

一緒に前へ進んでいきましょう。