この記事では、
フリーターから正社員になり、本社で経理にも携わるようになった私が、
転職を決意する前に感じていた違和感について整理しています。
直接的な不満があったわけではありません。
会社にも、上司にも、感謝はあります。
それでも、
ある日ふと目にした光景をきっかけに、
自分の中で説明しきれない違和感が、はっきりと残りました。
この記事は、
転職を勧めるためのものでも、
会社や上司を否定するためのものでもありません。
仕事を「再起の手段」として割り切っていたはずの自分が、
それでも割り切れなかった感覚について、
当時の立場のまま言葉にした記録です。
今、
大きな不満はないけれど、
この先の自分の姿がうまく想像できない人にとって、
状況を整理する材料になれば幸いです。
目 次
昼休みに見ていた光景
ある時期、
上司が課長クラスの社員を数人引き連れて、
昼休みに外へ食事に行く光景を、よく目にするようになりました。
他部署からは、
冗談交じりに「大名行列」と呼ばれていました。
組織として見れば、
特別おかしなことではないと思います。
役職者が集まり、
意思決定や情報交換をする。
会社としては、自然な風景です。
その光景自体を、
否定したいわけではありませんでした。
でも、その列の最後尾に並ぶ自分が想像できなかった
ただ、
その場面を目にするたびに、
一つの問いが浮かびました。
「自分がこの先、
偉くなったとして、
あの列の最後尾に並びたいだろうか」
正直、
答えはすぐに出ていました。
並びたくなかった。
羨ましさよりも、
拒否感に近い感覚が先に立ちました。
現場で汗をかいて稼いできた感覚
私は、
現場あがりです。
体を動かし、
汗をかき、
目の前の仕事で給料をもらってきました。
それは、
会社員として必要な姿勢だと思っています。
組織で働く以上、
役割や序列があることも理解しています。
それでも、
その仕組みの中で
「誰かに引き上げてもらうのを待つ側」
になる未来を、
自分は受け入れきれませんでした。
仕事を「再起の手段」として割り切っていたはずなのに
当時の私は、
仕事を人生の目的ではなく、
再起の手段だと位置づけていました。
・社会との接点を切らさない
・生活を崩さない
・次を考えられる余白を残す
そのために、
今の仕事をどう使うかを考えていた。
けれど、
あの光景を見たとき、
はっきりしたことがあります。
「この場所で上を目指すこと」そのものが、
自分の再起と噛み合っていない。
誰かに選ばれる再起は、自分の描いた形ではなかった
評価され、
引き上げられ、
ようやく次の役割を与えられる。
それが悪いとは思いません。
ただ、
自分が思い描いていた再起は、
その形ではありませんでした。
自分で考え、
自分で動き、
自分で場所を選ぶ。
その感覚を、
失いたくなかった。
この時点では、まだ転職を決意していない
誤解してほしくないのですが、
この時点で私は、
転職を決意していたわけではありません。
辞めたいほどの不満があったわけでもない。
今すぐ行動を起こす覚悟があったわけでもない。
ただ、
「ここで上を目指す未来」が、
自分の中で描けなくなった。
それだけでした。
まとめ
会社にも、上司にも、感謝はあります。
その前提は、今も変わっていません。
それでも、
上司の後ろに連なる光景を見たとき、
自分が目指したい働き方とは違うと感じました。
それは反抗でも、不満でもなく、
価値観の違いでした。
誰かに引き上げてもらうのを待つのではなく、
自分で再起の場所を選びたい。
その感覚に気づいたことが、
転職を決意する前に生まれていた、
確かな違和感のひとつでした。
無理に結論を出さなくていい。
でも、
違和感をなかったことにしない。
それだけで、
次に考えるべき選択肢は、
少しずつ見え始めます。
再起は、
派手な決断ではなく、
こうした静かな気づきの積み重ねで続いていくものだと思っています。
一緒に前へ進んでいきましょう。
