資格試験の勉強で成果が出ない期間が続き、
周りとの差が目に入ったとき、
こんな考えが頭をよぎることがあります。
「もう逆転は無理なんじゃないか」
28歳までフリーター。
学歴もない。
積み上げてきた自信もない。
再起を目指していた過去の自分にとって、
この感覚は、決して大げさなものではありませんでした。
この記事では、
資格試験の勉強中に「逆転は不可能なのでは」と感じてしまう理由と、
その問い自体をどう扱っていたのかを、
過去の自分の一次情報をもとに整理します。
途中経過で結論を出さずに済む視点として、
何か一つ持ち帰ってもらえたら幸いです。
目 次
逆転が不可能に見える瞬間は、どこから来るのか
逆転が無理だと感じる瞬間は、
たいてい「差」を意識したときにやってきます。
同じテキストを使っている。
同じ問題集を解いている。
年齢も、通っている場所も、そう遠くない。
それなのに、
相手は進んでいるように見える。
自分は取り残されているように見える。
過去の自分は、
予備校の自習室で、
この感覚に何度もつかまりました。
横の席の人が、
迷いなくペンを動かしている。
ページをめくる音が、やけに早く聞こえる。
同じ資格試験を受けるはずなのに、
同じ場所に座っているはずなのに、
「もう勝負はついているのではないか」
そんな錯覚が生まれます。
途中経過で「勝ち負け」を決めたくなる心理
成果が出ていないときほど、
過去の自分は、早く結論を出したくなっていました。
・向いているのか
・やり方が間違っているのか
・やめたほうがいいのか
理由は単純です。
この宙ぶらりんな状態が、
とにかく苦しかったからです。
過去の自分も、
「逆転できるかどうか」を考えているようで、
本当は
この不安に名前をつけて、終わらせたかった
だけでした。
この構造については、
判断を先送りできずに苦しくなる理由として、
「成果ゼロの期間に、一番やってはいけない判断」
という記事で詳しく整理しています。
逆転は可能か?──資格試験では判定できない問いだった
結論から書きます。
逆転が可能かどうか、という問い自体が間違っていました。
なぜなら、
資格試験の合否は、
試験日まで未確定だからです。
試験は、逆転する場ではありません。
・誰かを抜く必要はない
・途中経過が良くなくても構わない
・必要なのは、試験日に合格点を取ること
それだけです。
途中でどれだけ遅れていようが、
理解が浅かろうが、
試験当日に条件を満たせば、合否は決まります。
「逆転できるか」という問いは、
試験日以外では、そもそも判定できない問いでした。
比較はやめなかった。ただ、判断には使わなかった
それでも、
周りが気にならなくなったわけではありません。
焦ります。
比べます。
落ち込みます。
だから過去の自分は、
比較をやめるのではなく、
判断に使わないと決めました。
相手より賢いかどうかは分かりません。
でも、
・何時に自習室に入ったか
・何分机に向いたか
それなら測れます。
過去の自分は、
「誰よりも早く自習室に入る」
それだけを、その日の基準にしていました。
比較は、
勝ち負けを決める材料ではなく、
ペースを乱さないための目印。
この考え方は、
判断を先送りするという点で、
「成果ゼロの期間に変えない決断をしたときに思っていたこと」と
同じ発想です。
焦っていい。でも、結論は出さなくてよかった
正直に言うと、
不安が消えたことはありません。
28歳フリーター。
周回遅れ。
最後まで、楽になった感覚はありませんでした。
それでも、
過去の自分がやらなかったことがあります。
・逆転できるかどうかを決める
・向いているかどうかを判断する
・続ける価値があるかを結論づける
焦りは感情です。
判断は行動です。
感情で、
判断を先に進めない。
それだけを、
意識的に守っていました。
今日できること
今日やることは、一つで十分です。
逆転できるかどうかを考えない。
周りを抜こうとしない。
代わりに、
試験日に合格点を取るための行動を一つ置く。
・いつもより少し早く来る
・席に座る
・過去問を1ページだけ開き、閉じる
解けなくていい。
理解できなくていい。
判断は、
今日でなくていい。
まとめ
逆転が不可能に見えるのは、
能力の問題ではありません。
資格試験の勉強で成果が出ない中、
途中経過だけを材料に判断しようとすると、
そう見えてしまうだけです。
合否は、
試験日まで未確定。
逆転できるかどうかではなく、
試験日に点を取れる状態かどうか
それだけが基準です。
今日、
結論を出さなかったなら、
それだけで再起は続いています。
一緒に前へ進んでいきましょう。
