同じテキストを使っている。
同じ問題集を解いている。
年齢も、場所も、そう遠くない。
それなのに、
なぜこんなに差が開いているように見えるのか。
過去の自分は、
学校や予備校に通っていた頃、
この感覚に何度もつかまりました。
成果ゼロの期間に、
周りと比べて一番しんどかった瞬間です。
この記事では、
変えない決断をしていた期間に、
なぜ周りとの比較がこれほどきつく感じられたのか、
そして過去の自分が、
その感情とどう向き合い、
どこで判断を止めていたのかを、
一次情報をもとに整理します。
比べないようにするための記事ではありません。
前向きになるための記事でもありません。
比べてしまったあとに、
結論を急がずに済む視点として、
読んでもらえたら幸いです。
目 次
同じテキストなのに、差が開いているように見えた瞬間
学校や予備校では、
同じテキスト、同じ問題集を使います。
授業の進度も似ていて、
解いている問題も同じ。
条件がそろっているように見えるからこそ、
差ははっきり意識に入ってきました。
「あの人はもう、そこまで進んでいる」
「自分は、まだここにいる」
成果が出ていない期間に、
この差は想像以上に重たく感じました。
学校や予備校という環境が、比較を強めていた
学校や予備校は、
比較が生まれやすい環境です。
・進度が見える
・点数が共有される
・理解度が話題になる
過去の自分も、
意識していなくても、
周りの情報が自然と入ってきました。
比べるつもりがなくても、
比べてしまう。
この環境にいる限り、
比較そのものを完全に避けることはできませんでした。
条件がそろっているように見えるほど、差は残酷に感じる
同じ教材。
同じ場所。
年も近い。
だからこそ、
差が出る理由が分からない。
理由が分からないまま差だけを見ると、
「自分が劣っているのではないか」
という考えに、簡単に傾きます。
過去の自分も、
この感覚に何度も引き戻されました。
蓄積時間やバックボーンは、本当は同じではなかった
でも今振り返ると、
同じに見えていた前提は、
本当は同じではありませんでした。
・これまでに勉強してきた年数
・何周も回してきた経験
・過去に触れてきた分野
見えているのは「今」だけで、
その前の蓄積は、外からは分かりません。
過去の自分は、
目の前の差だけを見て、
前提まで同じだと思い込んでいました。
かけられるお金や時間も、見えない前提だった
さらに言えば、
かけられるお金や時間も、人それぞれです。
・予備校に追加で通える人
・専業で勉強できる人
・生活の余裕がある人
それらは、
同じ教室にいても、
外からは見えません。
条件が同じに見えるほど、
見えない前提の差は、
判断を狂わせやすくなります。
比べてしまうのは自然でも、結論を出す必要はなかった
正直に言えば、
その場では、
こんなふうに冷静に考えられたわけではありませんでした。
比べて、落ち込んで、
頭の中がいっぱいになって、
気持ちだけが先に沈んでいく。
それでも過去の自分は、
その状態のまま、
結論だけは出さないようにしていました。
大事だったのは、
比べないことではありません。
比べたあとに、
「向いていない」
「遅すぎる」
「やめたほうがいい」
こうした判断を、
その場で確定させなかったことです。
比較したあと、過去の自分が止めていた判断
周りと比べて苦しくなったとき、
過去の自分が意識して止めていたのは、
「評価の確定」でした。
今は成果ゼロ。
判断材料もそろっていない。
この状態で出す結論は、
焦りから出たものになりやすい。
だから、
比較してしんどくなっても、
判断は先送りにしていました。
比べて苦しかった日でも、終わらせなかったという事実
正直に言えば、
比較して苦しくなった日は、
前向きではありませんでした。
何かが解決したわけでもない。
自信が持てたわけでもない。
でも、
その日にやめなかった。
結論を出さなかった。
それだけで、
再起は途中で終わらずに済みました。
まとめ
同じテキスト。
同じ問題集。
同じような環境。
そう見えるほど、
周りとの差は、強く意識されます。
でも、
蓄積してきた時間やバックボーン、
かけられるお金や時間は、
本当は人それぞれ違います。
大事だったのは、
比べないことではなく、
比べたあとに結論を出さないことでした。
今日、
周りと比べてしんどくなったとしても、
判断を保留できたなら、
それは前に進めなかった日ではありません。
比べてしまった日でも、
終わらせなかった。
その事実が残っている限り、
再起は続きます。
一緒に前へ進んでいきましょう。
