再起

再起は振り落とされないこと|フリーターから10年の実感

再起を誓ったのは、28歳のときでした。

当時の私はフリーターで、正社員として働いた経験もなく、
就職活動らしい就職活動をしたこともありませんでした。
「このままではまずい」という感覚だけがあり、
どうすればいいのかは、正直よく分かっていませんでした。

そこから10年が経ちました。
振り返ってみても、人生が一気に変わった瞬間や、
劇的に状況が好転した出来事は思い浮かびません。

ただ一つ、今ならはっきり言えることがあります。

再起は、
人生を逆転させることではなく、
振り落とされない状態を続けることだった、
今はそう思っています。

この記事では、
28歳フリーターから再起を誓い、
正社員として働き、環境を変えながら10年を過ごしてきた私が、
なぜ再起を「振り落とされないこと」と定義するようになったのかを整理しています。

今、
何かを続けているはずなのに、
今日という単位で見ると意味が分からなくなってしまう人にとって、
状況を考え直す材料になれば幸いです。


10年かけて分かった「振り落とされない」という感覚

私にとっての再起は、
前に進んでいる実感がある状態のことではありませんでした。

むしろ、
進んでいるのか、止まっているのか、
自分でも判断できない時間のほうが圧倒的に長かったと思います。

それでも、再起が途切れなかった理由を振り返ると、
一つの共通点がありました。

どの時期でも、
次の日も同じステージに立っていた、ということです。

28歳フリーターだった頃も、
契約社員になったときも、
正社員として働き始めたあとも、
環境を変えたあとも。

「逆転した」と感じたことは一度もありませんでした。
ただ、社会の中で役割を持ち、
次の日もそこに立っていられる状態が続いていただけです。


フリーターから正社員、環境が変わっても基準は同じだった

28歳フリーターだった頃、
私が一番恐れていたのは、失敗することではありませんでした。

社会から振り落とされること。
次の日に、立つ場所がなくなること。

だから当時は、
再起とか成功とか、そんな大きな言葉よりも、
「続けられるかどうか」だけを考えていました。

契約社員になり、正社員として就職できたときも、
人生が好転した感覚はありませんでした。
安心感はありましたが、
「これで大丈夫だ」と思えたわけではありません。

その後、環境が変わっても、
判断の基準は変わりませんでした。

この選択で、
次の日も同じステージに立てるか。
役割を失わずにいられるか。

再起の基準は、
常にそこにありました。


再起が終わるのは、失敗したときではない

10年を振り返って思うのは、
再起が終わる瞬間は、失敗したときではない、ということです。

思うような結果が出なかった日も、
評価されなかった時期も、
何度もありました。

それでも再起が続いていたのは、
自分で「もう終わりだ」と判断しなかったからです。

次の日も起きて、
同じように机に向かい、
同じように職場に向かう。

それだけで、
再起は途切れていませんでした。


振り落とされないとは、次の日も立てること

私が考える「振り落とされない」とは、
うまくいっている状態のことではありません。

前進を実感できている状態でもありません。

失敗しても、
自信がなくても、
評価されなくても。

次の日も、同じステージに立てる余地が残っていること。

昨日ミスをしても、
今日も仕事に行ける。

何も積み上げられなかったと感じる日でも、
次の日に机に向かえる。

今日、
何もできなかったと思っている人でも、
次の日に同じ場所に立てているなら、
それは再起の途中です。

この状態を保ち続けることが、
私にとっての再起でした。


振り落とされない再起は、設計で守られる

再起は、気合や根性で続くものではありませんでした。

振り落とされないためには、
環境とマインドの設計が必要でした。

生活が破綻しないこと。
一発勝負をしないこと。
今日の結果だけで自分を切らないこと。

これらは、
自分を甘やかすための考え方ではありません。

再起を長く続けるために、
自分を早く退場させないための設計でした。

私にとって再起は、
一度の決断で完成するものではありません。

迷いながらでも、
踏みとどまりながらでも、
次の日も同じステージに立ち続けられたなら、
再起は途切れていません。

一緒に前へ進んでいきましょう。