28歳フリーターから再起を誓いました。
10年をかけて、
今の私の実感は、とても地味なものです。
再起は、
人生を逆転させることではありません。
評価をひっくり返すことでもありません。
終わらせないこと。
この定義にたどり着いてから、
私は「焦って何かを当てにいく」ことを、やめられるようになりました。
もし今、
結果が出ていない自分を
どこかで「もうダメかもしれない」と切り捨てそうになっているなら、
この話は、少し役に立つかもしれません。
目 次
再起=逆転だと思っていた20代
20代の頃、私は再起を
「一発逆転」だと思っていました。
資格を取れば評価が変わる。
結果を出せば人生が巻き戻せる。
遅れた分を、一気に取り返せる。
28歳までフリーターで、
正社員として働いた経験もなく、
公認会計士試験に挑戦していた私は、
どこかでそれを信じていました。
でも実際は、
人生はそんなふうに綺麗には動きませんでした。
努力しても結果が出ない期間がある。
成果が出る前に、環境が壊れることもある。
続けたくても、続けられなくなる瞬間がある。
そこで初めて気づきました。
再起は、短距離走じゃない。
退場しないこと自体が価値になるロングゲームだということに。
なぜ再起は「勝ち」じゃないのか
再起を「勝ち」と定義してしまうと、
人生はとても脆くなります。
・結果が出なかったら失敗
・評価されなければ無意味
・途中で止まったら負け
こうなってしまう。
でも現実には、
再起の途中には「何も起きない期間」が必ずあります。
評価もされない。
成果も見えない。
進んでいるかどうかも分からない。
この期間を
「勝っていないからダメ」
と扱ってしまうと、
人は簡単に退場してしまいます。
だから私は、
再起を勝ち負けで測るのをやめました。
再起は「試合を続けること」
このブログ名「カウント2.9ブログ」は、
プロレスの3カウントから来ています。
3カウントが入れば試合は終わり。
でも、2.9で肩を上げれば、試合は続く。
勝てるかどうかは分からない。
次に倒されるかもしれない。
それでも、終わっていない。
私の人生は、
ずっとこの2.9の連続でした。
正社員になったから勝ち、ではない。
転職できたから成功、でもない。
終わらせなかった。
それだけです。
28歳の自分にとっての再起
28歳の頃の私にとって、
再起はとても現実的なものでした。
・フリーターを脱却する
・一人の大人として生活費を稼ぐ
・社会の中で役割を持つ
それ以上でも、それ以下でもありません。
夢を叶える話ではなかった。
自己実現でもなかった。
まず、生き直すこと。
当時の私にとって、
それが再起でした。
10年後の私にとっての再起
今は、少し意味が変わっています。
再起は、
環境が変わっても壊れないこと。
成果が出ない期間でも座り続けること。
フェーズが変わっても立て直せること。
勝ち続けることではなく、
戻ってこられる余地を残すこと。
派手さはありません。
でも、ここまで続いています。
なぜ「終わらせないこと」に価値があるのか
再起の途中で一番きついのは、
負けることではありません。
自分で自分を終わらせてしまうことです。
・もう無理だ
・意味がない
・これ以上続けても仕方ない
この判断をしてしまった瞬間、
試合は本当に終わります。
逆に言えば、
2.9で肩を上げ続けていれば、
可能性はゼロにならない。
再起とは、
可能性を温存し続ける行為だと、
私は思っています。
50記事書いてもまだ途中
このブログ記事で、50記事目を書きました。
でも正直に言うと、
節目を越えた感覚は、あまりありません。
「ここまで来た」とも思っていないし、
「やり切った」と感じてもいない。
ただ、
終わらせずに、書き続けているだけです。
だからこのブログは、
成功談を並べる場所にはなりません。
勝ち切れなかった日。
踏みとどまった判断。
続けると決めた、その瞬間。
そういうものを、
そのまま残していく場所です。
もし今、
「このままじゃ終わるかもしれない」
そんな不安を抱えているなら。
あなたは、まだカウント2.9です。
試合は、終わっていません。
今日は勝てなくてもいい。
逆転できなくてもいい。
終わらせない。
それだけで、再起は続いていきます。
私も、まだ立ち続けます。
一緒に、前へ進んでいきましょう。
