準備が整ったら、始めよう。
過去の私は、ずっとそう思っていました。
資格の勉強も、仕事も、再起も。
「もう少し準備してから」「まだ早いかもしれない」
そうやって待ち続けた結果、
始めない理由だけが増えていき、
気づけば28歳、フリーター、就職経験なしという状態でした。
この記事では、
準備が整うのを待たなくなった理由と、
なぜ「飛び込んだほうが早かった」と思うようになったのかを、
過去の私の一次情報として整理します。
準備不足のまま始めることに、不安を感じている人が、
判断を一つ減らす材料になれば幸いです。
目 次
準備が整ったら始めよう、と思っていた頃の話
大学を卒業してから、私は公認会計士試験を目指していました。
最初から資格スクールに入る勇気はなく、
「まずは独学で基礎を固めてから」と考えていました。
準備が整ってから。
自信がついてから。
ちゃんと理解してから。
そうやって時間を使っているつもりでしたが、
今振り返ると、
始めないための条件を積み上げていただけだったと思います。
準備を待つほど、やらない理由が増えていった
準備が整うのを待っている間、
頭の中では判断だけが増えていきます。
・まだ理解が浅い
・失敗したら恥ずかしい
・向いていないかもしれない
こうした判断は、
始めてから考えればいいことばかりでした。
それでも当時の私は、
始める前にすべて解消しようとしていました。
結果として、
行動は増えず、
判断だけが積み上がっていきました。
飛び込んだほうが早かったと、あとから分かった
振り返ってみると、
本当に前に進んだのは、準備が整ったときではありません。
・時間になったから机に向かった
・とりあえず問題集を開いた
・不安が残ったままでも、手を動かした
そんな「雑なスタート」ばかりでした。
これは、前回の記事
「準備が整っていなくても、始めてよかったこと」
でも書いた通りです。
準備が整ったから始めたのではなく、
始めたあとに、少しずつ整っていった。
その順番でした。
失敗が怖い気持ちは、誰にでもあった
正直に言うと、
失敗が怖くなかったわけではありません。
分からないまま始めるのは不安でしたし、
できない自分を見せるのも嫌でした。
でも今なら分かります。
その怖さは、誰にでもあります。
怖さを消してから始めるのではなく、
怖さを抱えたまま始めるしかなかった。
準備を待つことで、
その怖さが消えることはありませんでした。
致命傷でなければ、やりながら覚えてよかった
あとから振り返ると、
多くの失敗は致命傷ではありませんでした。
ここで言う致命傷とは、
たとえば――
・資金が完全に尽きて、身動きが取れなくなる
・メンタルが限界を超え、立ち上がれなくなる
そうした状態です。
それ以外の失敗、
分からないまま解いた問題や、
理解できずに止まった箇所、
恥をかいた質問は、
その場では小さな失敗でしたが、
やらなかったことに比べれば、確実に前に進んでいました。
致命傷でなければ、
やりながら覚えるほうが、判断は少なかったと思います。
ゴールを見据えつつ、やるのは目の前の一手だけ
ゴールは見ていました。
合格すること。
再起すること。
でも、
今日やるのは目の前の一手だけでした。
未来の成功を確信できなくても、
今日の行動は置ける。
準備が整ったかどうかより、
今できる一手があるかどうか。
それだけを基準にしていました。
だから、時間が来たらとっととやると決めた
準備が整うのを待つのを、やめました。
・時間が来たら始める
・できなくても手を動かす
・判断はあとに回す
それだけです。
準備不足のまま始めても、
再起は途切れませんでした。
むしろ、
準備を待っていた時間のほうが、
再起を遠ざけていたと思います。
まとめ
準備が整う瞬間は、
ほとんどありませんでした。
準備が整ってから始めたことより、
整っていないまま始めたことのほうが、
結果的に前に進んでいました。
飛び込んだほうが早かった。
これは精神論ではなく、
過去の私の実感です。
今日も、
時間が来たらとっととやる。
判断を増やさない。
それができたなら、
再起は今日も続いています。
一緒に前へ進んでいきましょう。
