この記事では、
過去の時間をどう評価するかではなく、
後悔がどこで生まれたのかについて整理します。
空白の時間を肯定するための記事でも、
成功談に書き換える記事でもありません。
答えが出ないまま残っている感情を、
無理に回収せず、
判断の位置だけを静かに振り返ります。
今、結果が出ていない人が、
自分を退場させずに済む視点として、
何か一つ持ち帰ってもらえたら幸いです。
目 次
それなりに積み上げても、整理がついていない過去がある
簿記1級を取りました。
宅建も取りました。
転職して、生活も安定しました。
少なくとも、
「何もしていない状態」ではなくなったと思います。
それでも、
大学卒業後に公認会計士試験を目指していた
空白の6年については、
今でも整理がついたとは言えません。
会社員として働きながら、
こうして毎日文章を書いている今も、
あの6年に対する評価は、まだ保留のままです。
正直に言えば、合格していれば後悔は軽かったと思う
もし、あの6年の間に
公認会計士試験に合格できていれば。
空白の6年が、
「空白」ではなくなっていれば。
後悔は、
もっと小さくなっていたと思います。
これは、きれいごとではありません。
結果が出ていれば、
気持ちが違ったのは事実です。
この点は、否定しません。
でも、後悔の正体は結果そのものではなかった
時間が経って、
少しずつ分かってきたことがあります。
合格できなかったこと自体よりも、
もっと強く残っていたのは、
「もう無理だった」
「ここまでやってダメなら、取り返しがつかない」
そうやって、
途中で自分に判決を下した感覚でした。
後悔は、
結果が出た瞬間に生まれたのではありません。
「これ以上やっても意味がない」
と判断を終わらせた時点で、
静かに固定されたものだったと思います。
判断を終わらせなければ、後悔は確定しなかった
結果が出ていなくても、
評価できなくても、
判断を終わらせていなければ。
あの時間は、
まだ途中だったはずです。
何者でもなく、
成果もなく、
先が見えなくても。
「もう無理だ」と決めていなければ、
後悔は、まだ未確定のままでいられた。
この考え方は、
成果ゼロの期間に判断を急がないことを整理した
「成果ゼロの期間に、一番やってはいけない判断」
という記事とも地続きです。
今、空白の中にいる人へ
もし今、
まだ結果が出ていない
まだ答えも出ていない
何者でもない
そんな状態にいるなら。
それは、
もう終わったという意味ではありません。
判断を終わらせていない限り、
後悔はまだ確定していません。
今日を退場しなければ、
時間は、地続きでつながっていきます。
まとめ
この文章は、
空白の6年を肯定するためのものではありません。
今でも、
あの時間に意味があったとは言えません。
ただ一つ、
はっきりしていることがあります。
後悔は、
結果だけで生まれるものではなく、
途中で判断を終わらせた瞬間に固定されるということです。
だからこそ、
答えが出ていなくても、
今日を退場しないこと。
それだけで、
後悔はまだ途中に置いておけます。
それが、
過去を裁かずに、
今日と明日を続けるための、
過去の自分なりの判断でした。
一緒に前へ進んでいきましょう。
