28歳まで、私はフリーターでした。
社会人経験も、就職経験もありません。
正社員として働くこと自体が初めてで、
「社会でやっていけるのか」という不安を、
毎日抱えながら仕事をしていました。
再起を誓ったとはいえ、
最初から前向きだったわけではありません。
むしろ、
どう崩れずに続けるか。
そればかりを考えていました。
ある時から、
休日の使い方を意識的に変えました。
理由は単純です。
連休で、失敗を何度も繰り返したから。
できたことより、
できなかったことのほうが、
圧倒的に多かったからです。
この記事では、
再起の途中で私が経験した
「連休の失敗」と、
そこからどう考え方を変えていったかを書いています。
もし今、
休日のたびに気持ちが重くなる人がいたら、
一つの考え方として参考になれば幸いです。
目 次
連休は、いつも「うまく使えなかった」
仕事に少し慣れてきた頃、
連休が取れるようになりました。
時間がある。
体力も、平日よりは残っている。
「この連休で、何か取り戻そう」
そう考えるようになりました。
でも、結果は同じでした。
明日も休みだから、今日はいいか。
そう思って一日が終わる。
次の日、
「昨日できなかった分、今日はやろう」
と考える。
でも計画が重すぎて、動けない。
気づけば連休が終わり、
何も積み上がっていない自分に
強い自己嫌悪だけが残る。
この流れを、
何度も繰り返しました。
失敗の原因は「やろうとしすぎたこと」だった
当時の私は、
連休=前に進むチャンス
だと思っていました。
新しい参考書を開く。
今まで手を出していなかった分野に触れる。
「せっかくだから」と、予定を増やす。
でも振り返ると、
これが一番きつかった。
判断が増える。
迷う。
迷っているうちに疲れる。
再起の途中にいる自分にとって、
判断が増えること自体が消耗でした。
私が連休で「やらない」と決めたこと
失敗を重ねる中で、
考え方を少しずつ変えました。
やったことより、
やらなかったことのほうが大きいです。
・新しい参考書を開かない
・新しい分野に手を出さない
・連休だからといって、計画を増やさない
当時、資格の勉強をしていましたが、
平日に毎日解いていた過去問を、
連休中は「年度を増やす」だけにしました。
新しい論点には、手を出しませんでした。
広げない。
深くもしすぎない。
ただ、
今までやってきたことを続ける。
それだけを意識しました。
なぜ「広げない」ほうが続いたのか
理由は、とても単純です。
連休にやることを増やすと、
失敗したときの反動が大きい。
でも、
いつものことを少しだけやるなら、
失敗しにくい。
積み上がりは小さいですが、
自分を否定しなくて済む。
再起の途中にいた私にとって、
一番怖かったのは
遅れることではありません。
途中で折れて、
やめてしまうことでした。
取り返せないのは、
失敗ではなく、離脱だと思っていました。
休日の役割を「前進」から「継続」に変えた
以前は、
休日=前に進む日
だと思っていました。
でも今は、
休日は再起を続けるための日
だと考えています。
前に進めなくてもいい。
新しいことができなくてもいい。
ただ、
昨日までの自分を、今日も続けられる状態でいる。
それだけを意識していました。
次の休日で、これだけ意識すればいい
もし次の休日を、
どう過ごせばいいか迷ったら、
これだけでいいと思います。
・平日と同じ時間に起きる
・いつもやっていることを、少しだけやる
・新しいことには、手を出さない
前に進めなくてもいい。
成果がなくてもいい。
「昨日までの自分を、今日も続けられた」
それだけで、再起は途切れません。
休日を、特別な日にしない。
領域を広げない。
判断を増やさない。
それは、
前に進むための工夫ではありません。
再起を終わらせないための設計です。
私は今も、再起の途中です。
完璧でも、順調でもありません。
それでも、
崩れない仕組みだけは、
少しずつ積み上げています。
一緒に、
再起を終わらせない設計を
積み重ねていきましょう。
